聖ザビエル記念聖堂

  • 2017.02.16 Thursday
  • 00:07

 聖ザビエル教会は平戸市街地西側の丘の上にあり、市街地から坂を登る途中で手前の光明寺、

瑞雲寺などの寺院と重なって見える風景は「寺院と教会の見える風景」として平戸を代表する

景観の一つとなっている。

教会は鉄筋コンクリート造りのゴシック様式の教会堂で、左側にのみ八角塔があるアシンメトリー

(左右非対称)な景観を作り上げている。

もしも、平戸にこられる機会があれば、寺院と教会が見える路地を抜けて境界に訪れる価値あり。

 

 

 

厳かな雰囲気で観光客を出迎えてくれてます。

 

エビス亭から

寺院と教会

  • 2017.01.30 Monday
  • 00:09

 

 平戸で観光するときは寺院と教会がお薦めなのだ。

この光景は、他県ではお目にかかれない大変貴重な撮影スポットです。

散策をする場合、平戸市街地を山手に昇りますとお寺坂から教会と寺院が望めます。

但し、同じ寺院と教会でもノートルダム寺院、シュテファン寺院とはちと違いますが。。。。。

 

高台に建つ聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂教会。

近くには瑞雲寺、正宗寺、光明寺がある。

 

離れて撮る場合、対岸にある平戸文化センター辺りからが良い。

 

エビス亭から

松浦資料博物館

  • 2016.12.26 Monday
  • 00:03

松浦史料博物館(まつらしりょうはくぶつかん)は長崎県平戸市にある旧平戸藩松浦家

平戸の歴史に関する史料を収蔵した長崎県の登録博物館

運営は、公益財団法人松浦史料博物館。

建物は「旧松浦家住宅」として長崎県指定有形文化財となっている。

 

現在の博物館の場所には江戸時代初期より松浦家が館を置いていたが、戦後、1955年(昭和30年)

に当時の松浦家当主より平戸市へ建物及び敷地が寄贈されたのを改装して同年10月に開館。

博物館の主な展示場は1893年(明治26年)に松浦詮が謁見応接の間として建てた「千歳閣」

である。

 

博物館の主な資料は松浦家伝来の武具や松浦家歴代当主画像、絵画、蒔絵、茶道具ほか、

什器・文書・図書類合わせておよそ12,500点にのぼると言われている。

 

エビス亭から


     

聖ペトロ・パプチスタ神父

  • 2016.10.22 Saturday
  • 00:03

 

 平戸観光協会前の駐車場脇に、名高い神父さんの石碑が建っている。

その石碑の裏に廻ると、この方の歴史がこのように刻まれています。


この碑は、平成8年(1996)8月、来年(1997)2月、日本二十六人殉教400年を迎えるに

当たって、日本二十六聖殉教者の指導者、ペトロ・バプチスタ神父が文禄2年(1593)7月、

平戸に上陸したことを記念して「バプチスタ神父平戸上陸記念碑」を平戸市亀岡公園自由の

広場に建立した。

バプチスタ神父は、文禄2年(1593)5月31日、フィリピン総督の特使としてマニラを出航。

1ヶ月余りの苦しい航海を経て7月、平戸に上陸した。

その後8月、朝鮮出兵のため肥前名護屋城(佐賀県鎮西町)に進駐していた秀吉に謁見、そこで

日本滞在の許可を得て京都へ上った。その後、秀吉に妙満寺跡地をもらい受け、修道院、教会、

らい病院及び一般病院を設けて、日本に渡ってきた最初のフランシスコ会士として同士とともに

福祉活動と宣教に励んだと克明に刻まれている。  

 

 

 

エビス亭から

 

史跡、記念碑

  • 2016.10.15 Saturday
  • 00:11

 1584年8月、今から遡ること432年前の話だが、遠く離れたスペインから、帆船と呼ばれる

スペイン船が平戸にやってきたことは学生時代、歴史で学んだこと。

その記念碑が未来創造館の前に建立されている。

 

ぜんぜん気付かずで、初めて知ることに。

 

 

 

 

 

 

 

エビス亭から

 

 

オアシス・・・平戸城公園

  • 2016.08.26 Friday
  • 00:06

 平戸城の敷地内は広大で、昔は難攻不落の城として戦国武将に轟かせていたが、現在は市民の

憩の場、はたまた運動公園として開放されているのがありがたい。

この運動公園を利用する方々はある程度の年齢層の方が多く、テニスコートやグランドゴルフ

を楽しむ方が多いのです。

 

国道から運動公園に通じる一方通行の道路を過ぎますと、、、、@@

 

目の前に平城を見守る乾櫓がお目見えです。

 

櫓の反対側にはウインブルドンとはいかないにしても、テニスコートが設備です。

平戸では、テニスを愛好する人は多く6面のコトートはいつも満杯状況。

申し込みは市役所公園課にお願いいたします。

 

こちらはグランドGOLF場です。少し雑草の手入れが必要でしょうか、、、。

 

それらの施設を過ぎますと、視界が広がりまして、平戸海峡の黒瀬の灯台が目に止まります。

川内峠から観る黒瀬灯台はある意味、軍艦(私的にはエンタープライズ)に観えますよ。

 

この道から見下す風景は、別次元の平戸の街並を垣間見、450年前にそこに有ったであろうと

思われる歴史の館、オランダ商館の姿が飛び込んで来ます。

 

このあたりは崎方町の風景ですが、崎とは岬のことを指し、オランダ商館から先は無かった

のでしょうね〜、多分ですが。

当り前ですが、何百年前の歴史の風景を、誰も観る事は誰も出来ませんが、目を閉じて当時の

時代背景を想像することで、楽しくなるのじゃないかと思いますが。。。。

なので、平戸のキャッチフレーズ「歴史とロマンの島、ひらど」ですが、歴史は松浦資料館で

体験できる。が、ロマンそのもは、その人のイメージングで完成されるのでしょうね〜。

 

しかし、凄いですね平戸って!。本当に歴史の島です!。

この港で450年前、何が始まったかをイメージングしましょう@@!。

 

エビス亭から

 

 

 

 

生月島pat掘 慂倉神社と水天宮』

  • 2016.01.05 Tuesday
  • 00:18
 生月島には謎秘めた物語が後世に遺されているのである。
そう、謎秘めたところは生月大橋から約10kmほどの奥地にあって海側に面したところである。
この辺は冬特有の強烈な北西の風が当るところで、とてつもない大波が打ち寄せる浜で有名だ。
そんなところに宝倉神社があり水天宮として水の神様を祀っている。
とここまでは一般的なご説明であるが、本題はここからなので真剣に聴いてくださいね〜。
実は昔から言い伝えられてきたことは『河童伝説』なのである。
私も『河童』たるものを見たこともないが、平戸では案外この手の話は多いのである。


普段、風が強いため、神殿は披露されていないらしい。また、お賽銭箱も用意されてない。


【生月島資料から抜粋】
生月島の北端近くの裏海岸の磯辺に、方倉(宝倉)神社があり、水天宮として水の神を祀る。
この祠の前に、海水と清水の入り交じった沼地がある。 昔、この沼に99匹の河童が棲みつき、
住居とするために、夜毎小石を取り除いて池を造った。河童たちの造ったこの池には、
どんな嵐のときも小石一つ転がりこまなかったという。

この河童が出現するのを見た島の住人は、「水神様の使いにちがいない」と話し合い、沼地の
ほとりに石の小祠(ホクラ=宝倉、秀倉)を祀り、「ホウクラ様」と称して、農・漁業を守護
する水神社として深く尊崇するようになったといわれている。   
河童は水神の徳を慕い、その眷属になったといわれ、当神社に眷属する河童の数は常に
99人(匹)と伝えられている。


漁師は良く大漁祈願に参詣し、人間と出合うとすぐに相撲をとりたがるといわれる河童に
あやかり、祈願成就には99番(回)の相撲取組を奉納する習慣がある。
現在、この沼には河童の化身といわれる大鰻(うなぎ)が昏息しているが、人々はこれを
神うなぎ」とよび捕獲することはせず、参詣のときに現れると御利益があるといわれる。


水神と河童は、元来別の物であるが、古くから河童は家畜の牛馬に災いを及ぽすとも伝えられ、
池や川(井戸)の神祭には、竹棚に竹筒で作った樽を眷属の数に合わせて99本下げてお祀り
するようになった。
古くは石祠のみであったが、社殿を昭和7年に創建し、昭和36年再建して現在に至る。
例祭日ー旧暦9月22日
<生月町誌 生月町郷土誌編さん委員会編集
生月町教育委員会 平成9年2月発行より>


で実際、池を守るとされている白ウナギだが、いまでも時々見かけたりするそうだが、
今は科学界、医学会が発達している中、河童の化身だなんて一言云えば大問題である。
まっ、生物学的に云えば、白ウナギの遺伝子に問題があったで簡単に処理されますがね〜。

でもでも、そんなロマンが生月島にあるからこそ、楽しいのではと私は思ってます。
で、もう一つここで、、、、。
、、、、、、????、何か感じませんか〜。感じない人は気にしないで下さい。
感じた皆様だけは、どうぞこちらでお参りしてくださいね。
私は元旦からお参りして来ましたけどね。

エビス亭

 

師走の雄香寺様

  • 2015.12.24 Thursday
  • 00:06
 雄香寺様と私は気安く呼んでいるが、本来は臨済禅俊林山雄香寺と呼ぶのである。
私はこちらのご住職(和尚様)が大好きで、ちょくちょく出かけては和尚様の書斎でお茶を
楽しんでいる。で、そん時には必ず和尚様の説法を聴くのです。
なにせ和尚様は記憶力抜群、知識も豊富、その上、学問に長けていていつもながら関心する
次第である。
で、こちら雄香寺様の當山は元禄九年(1696年)、盤珪永豚禅師を開山として三十代平戸藩主
松浦棟公(雄香公)が開基となり創建され、以来松浦家歴代の香華所となる。
まっ、そんな歴史深いお寺に檀家でもない私がノコノコ出かけられるのも和尚様が好きだから。


古きしの山門を潜り、50m先にある140段ばかしの石段を登れば本堂となるが、京都が本山と
なるお寺様だけにワビサビの世界観を楽しめるのである。


山門を囲うように漆喰塗りの土塀があり、松浦家の家紋瓦を観ることができる。




上下の画像を見比べてみるとその差、歴然。


階段はゆっくり昇りましょう^^。


で、本堂の屋根の上に和尚様が大事にしているネコちゃんのお出迎えです。
ソラのケンカ友達です。

エビス亭から

尼寺さんかも?

  • 2015.12.19 Saturday
  • 00:16
  平戸には歴史ある寺社・仏閣・教会などがあちらこちらに多く点在する。
つい最近のこと、下中野のお寺の庭先に銀杏の葉が散っていたのでカメラに納めてみた。


あまり大きくはないが、見たところ樹齢100年くらいになろうかと思われる銀杏の木だが、
お地蔵様の麓に結構落ち葉が溜まってまして見た感じ、暖かそうでした。




こちらのお寺様の宗派は真言宗醍醐派でお寺の名称は喜宝院。ひょっとすると尼寺なのかも?。


で入口に、旧制平戸高等女学校の門扉石柱が置かれていて、旧制平戸高等女学校と云えば、
現在の平戸図書館が建てられているところだったはずだ。ひょっとして、こちらの住職様は
その女学校出身だったのかもしれませんな〜?。


大理石に観音様が描かれていて、ほっとしたような温もりが私の心に伝わってきます。


喜宝院様の入口前には紫式部と思われる印象深い花が咲いていたのです。

こうして、平戸をウロウロ散策してますと色々発見できて楽しいですね^^。

エビス亭から

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